高浜町蒜畠の 若州女留関所跡 の碑!
明治2年まで この地に「関所」が 置かれていたことを 後世に
伝えるため、代々関守を務めた今村家が 建てられた石碑です。
この地に関所が置かれたのは 江戸初期。
徳川幕府は、「入鉄砲出女」 つまり 江戸に 武器が持ち込まれることと
江戸からの妻子の脱出に 目を光らせました。
写真は、
最後の関守を務めた 故今村久右衛門さん。
家系を さかのぼれば、越後は 上杉家の一族だったそうです …
久右衛門さんは 廃藩置県(明治4年)の頃まで、マゲを結って
関所に 居られました。
頑固で融通がきかなかったらしく、夕方 関所を閉めるよう
定められた時間のあとは、村人が 田畑から家へ帰るために
通ろうとしても 頑として開けなかったそうです。
故今村久右衛門さんには 多くの子孫が居られますが
実は ここだけの話、私支配人の母方の曾祖母(ひいばば様)は
今村久右衛門の娘なのです。 … (内緒)
この写真は 私の祖母であり、今村久右衛門の孫 故浜側ひさ ・ ・ ・ やっぱり 似てますね。


