プラス思考

起こった現実を変えることは出来ないが、それを後ろ向きに考えるか

前向きに考えるかは、その人次第で いかようにもなるものですが
牟田學(日本経営合理化協会)の著書 「社長業 実務と戦略」の中に

その 「プラス思考」を 痛切に感じさせられるエピソードがあったので

大まかな内容を 記してみたい。

 

『日本は終戦後、旧ソ連により60万人にのぼる人が シベリアに抑留され

厳寒環境下で満足な食事や休養も与えられず、苛烈な労働を強要された。

そのうち6万人以上が 死亡したとされる。 この地獄の強制労働を 生き延びた人に

志水陽洸(しみず・ようこう)さんという人がいる。

一日、わずか一杯のコウリャン粥をすすりながら

凍てつく土をツルハシ一本で掘る作業が続いた。

一人死に また一人死んで、一冬が過ぎると 部下が半分に減った。

 

そんな時に

同じく痩せているが、眼を輝かせ、とても死にそうにはみえない一人の若い兵隊が

他の部隊にいた。 早くから不思議に思っていた志水さんは

「君は、どうしていつも元気なんだ?」 と尋ねた。

すると若い兵隊は 「私には、心に歌がある 」 と答えたという。
胸をつかれた志水さんは、すぐに自分の部下を集め

「毎日、歌を歌いながら 作業するように」 と厳命した。

歌い始めて数ヶ月すると、志水さんの隊は群を抜いて作業が進んだ。

歌声は、口をついて耳に伝わり、心に響いて元気を養う。

極限生活にも、小さな明りが灯った ・・・

半年もすると、全員があの若い兵隊のように 目の輝きを取り戻した。

それから数年後に、志水さんの率いる部隊は歌を歌いはじめてからは

一人の落伍者もなく 日本へ無事に帰還することができた という。

 

今、どんなに厳しい環境下に いたとしても

シベリアで抑留されていた人達よりも 過酷な状況にいる人はまずいないであろう。

前向きに考えることで、シベリアの地獄の強制労働から抜け出し

無事 帰国できた人もいるのだから、われわれもやって出来ないことはないであろう。

BY 田宮卓ブログより
 
 

私も回送のバス乗務時、歌を口ずさむこともありますが

もっと積極的に歌ってみましょう。

 

それは さておき

「舞鶴引揚記念館」は 世界記憶遺産の認定を目指して

頑張っておられます! 語り部の方もいらっしゃるので このイイ話を

教えてあげましょうか ネ

 
 

tokioka の紹介

1958年1月27日生まれ、1985年 家業の旅館を法人化と同時に 代表取締役に就任。 1995年 旅館近くに434坪の土地取得し、駐車場事業開業(ビーチリゾート系) 1998年 同じく250坪を取得し 二つ目の駐車場事業開業。 2001年 旅客運送業開業。 2003年 旅行業開業。  2006年 旅行業から撤退。 2009年 駐車場事業から撤退。  現在 旅館業を核事業としながら、関連性のある 別の事業を模索中である。

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